相続トラブル事例シリーズも、いよいよ最終回。今回は、「介護のために親の預金を管理していたケース」と「子どものいないご夫婦で相続人が多数になるケース」という、見落とされがちな2つの事例を取り上げ、最後にシリーズ全体のまとめをお届けします。
どちらも「まさか自分が」と思いがちな、身近な落とし穴です。
介護で預金を管理——引き出した100万円を疑われる
【事例】 軽い認知症のある高齢の母の預金を、長女が管理していました。ある日、母から「お世話になった人にお礼をしたいから、100万円引き出してきて」と頼まれ、長女はそのとおり引き出して母に手渡しました(誰に渡したのかは聞いていません)。
母の相続が始まると、日ごろ折り合いの悪い次女から、「この100万円は何に使ったの?」と使い道を追及されます。長女の立場はどうなるのでしょうか。
管理していた人に「使い道を説明する責任」が生じる
ポイントは、預金を管理していたのが長女だったという事実です。この場合、100万円が何に使われたのかを説明・立証する責任は、管理していた長女の側に生じます。
もし立証できないと、「その100万円は長女が預かっている(=手元にある)」と認定されてしまう可能性があります。
そうなると、長女は遺産を“先にもらった”ものと扱われ、本来受け取れる遺産額が減ってしまうおそれがあります。
良かれと思って母の頼みをきいただけなのに——というのは、あまりに気の毒な結末です。
なお、相続人であれば、金融機関から預金の入出金明細(取引履歴)を最大10年分取り寄せることができます。
「通帳を見せてもらえない」場合でも、ほかの相続人が自分で履歴を確認できるということです。
対策——「領収書」と「動画」で証拠を残す
こうしたトラブルを防ぐには、証拠を残す一手間が有効です。ひとつは、母から一筆もらっておくこと。
「〇月〇日、母は娘から100万円を受け取りました」といった簡単な受領メモで十分です。
もうひとつは、手渡しの様子を動画に残しておくこと。「お母さん、確かに100万円渡したからね」と、スマートフォンで撮影しておくだけでも、後の疑いを避けられます。
高額なお金を動かすときほど、証拠を残す一手間が身を守ります。
子どものいないご夫婦——妻がすべて相続できるとは限らない
【事例】 子どものいないご夫婦で、夫が亡くなりました。夫の両親はすでに他界。
夫には7人の兄弟姉妹がいて、皆すでに高齢です。中には先に亡くなった兄弟もいて、その子ども(甥・姪)がいます。
このとき、妻はどれだけ相続できるでしょうか。
「長年連れ添ったのだから、妻が100%」と思いがちですが、そうではありません。
妻は「4分の3」、兄弟姉妹が「4分の1」
子どものいないご夫婦で、夫の親もすでに亡くなっている場合、法定相続分は妻が4分の3、夫の兄弟姉妹が全体で4分の1です。
さらに、その兄弟姉妹がすでに亡くなっていると、その取り分は子ども(甥・姪)へと引き継がれます(代襲相続)。
兄弟が6人いれば1/4を6等分して各24分の1、亡くなった兄弟の子が3人いればさらに3等分して各72分の1——というように、相続人がどんどん増え、取り分は細かくなっていきます。
当事務所では、144分の1という細かい割合の相続人が登場したケースもありました。
なぜ大変なのか——「放棄」だけでは妻に集まらない
このケースには、いくつもの落とし穴があります。まず、単に相続放棄をしてもらっても、妻に取り分が集まるわけではありません。
放棄した人の分は、ほかの兄弟の取り分が増えるだけだからです。妻に集約するには、「相続分の譲渡」という、相続放棄とはまったく別の手続き(実印・印鑑証明などが必要)が要ります。
また、相続放棄には「知ってから3か月」の期限があり、高齢の相続人が多いと間に合わないことも。
その場合は、多数の相続人と遺産分割協議をすることになります。高齢の兄弟が協議の内容を理解できなければ、成年後見人が必要になるケースもありますし、甥・姪が遠方にいたり、「もらえるものはもらう」とドライな対応をしてきたりすることもあります。
結果として、亡くなった方の預金が1年、2年と凍結してしまうことも珍しくありません。
どうしておけばよかったか
妻の立場からすれば、「夫に遺言書を書いておいてもらうべきだった」——これに尽きます。
「全財産を妻に相続させる」という一文があれば、多数の相続人との協議に苦しまずに済んだのです。
シリーズ総まとめ:「その時」に慌てない・焦らないために
3回にわたってご紹介した事例から見えてくる備えは、突き詰めるとシンプルです。
- 遺言書を作成しておく(生前贈与・葬儀費用・代償分割・相続人多数のケース)——最も効果的な備え。「全財産を〇〇に相続させる」と簡潔に書くだけでも機能します。
- 動画を撮影しておく(生前贈与・生前出金のケース)——遺言が難しくても、意思や事実をスマホで残す。
- 相続人間で合意しておく(葬儀費用のケース)——事前に話し合っておく。
- 書面(領収書など)を残しておく(生前出金のケース)——簡単な一筆でも、後の争いを防ぐ。
介護や看取りの、長く大変な日々の中で、こうした一手間を差し挟むのは、実は簡単ではありません。
だからこそ、「その時」が来る前に、頭の片隅に入れておいていただければと思います。
遺産が少なくても、相続はもめます。むしろ金額が小さいほど、費用倒れを気にして手続きが止まってしまいがちです。
「うちは財産が少ないから大丈夫」と思わず、遺言や記録という“事前の備え”を、どうか一度ご検討ください。
相続トラブル事例シリーズ(全3回)
- 第1回:相続の流れと3つの期限・生前贈与
- 第2回:葬儀費用の立替と代償分割
- 第3回:生前出金と相続人多数・総まとめ(この記事)
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